戦後の日本刀の行方
日本は戦後、GHQの統治下におかれることとなりました。その際、日本刀を集めて連合国軍に引き渡すように指令が下されました。GHQの意図は明確で、1つは一般市民が恨みから刀で西洋人を斬ることがないようにするため、2つには日本精神の象徴を瓦解させるようにするためでした。
この指令の結果、数十万振りの日本刀が集められましたが、日本政府の反発が強く、結局美術品収集を目的とする所持は認められるようになりました。つまりヴィンテージとしての価値を証明することができれば刀を返してもらえたのです。
一方、返されなかった日本刀はどうなったかと言えば、連合国軍の兵士によって焼かれたり、海に捨てられたり、海外に流出したりしたのです。とても価値の高い美術品とは思えない扱いを受けたのです。
この時、海外に流出したことで生き残った日本刀は、審美眼のある外国人によって高く評価され、一部は日本の要望で戻されました。しかし多くの名刀が犠牲になり、また行方不明になったのは厳然たる事実です。
さて、過去の名刀を惜しむばかりが日本刀愛好者ではありません。数は多くはないですが、現代においても刀匠によって新たに日本刀が作られ続けています。協会に登録されている刀匠の数は350名ほどだと言われていますが、彼らのほとんどはあくまで副業や趣味として日本刀を作っており、刀鍛冶のみで生計を立てている刀匠は数十名くらいしか存在しないと言われています。日本刀の人気が高まっているとはいえ、刀匠の後継者問題は今後も続くのかもしれません。